2008年08月28日
「放浪記」林芙美子

大正末から昭和初めにかけての時代、若い女性が東京の街で一人貧困にあえぎながらも強く生きていく。著者が日記風に書きとめた雑記帳をもとにした自叙伝。
現在の社会状況に合っているということで若い人たちに「蟹工船」が大変売れていますが、書店ポップでこの「放浪記」について「蟹工船が受け入れられる今、若い女性たちは放浪記にも共感するはず」という意味の桐野夏生さんのコメントを見ました(正確な文面は忘れましたが)。
著者がまだ20代前半の頃、ひとりで職も住居も転々と、それこそ放浪しながら貧困と闘って生きていく姿が凄まじかった。大正末から昭和初期という時代、女性が一人で生きていくだけでもさぞ困難であったろうというのが伝わります。ワーキングプアと最近よく言われますが、その貧困は現在でいうのなんかまだ生易しい。懸命に働いて、それでなんとかその日食べるのがやっと、ともすれば家賃は滞り食事も満足に取れなくなってしまう。
ひとりで生きるだけでも大変なのに、その上彼女は両親の生活まで背負って奮闘しているのです。まだ20歳くらいなのにさぞ重圧を感じただろうと思われるのに、それでもどこか明るくたくましい彼女の姿が印象的です。
両親も貧しく行商などをして放浪する生活をしていて、幼い彼女もその両親に連れられて各地を転々としていたらしい。そして彼女自身が大人になって、やはり同じように放浪の生活を送っていくというところにちょっと考えさせられました。
たしか新聞だったかTVだったか、「ワーキングプアは連鎖する」というような意味のことを見たのを思い出します。そんなこと、今始まったことじゃないんですよね。
出版順に第一部、第二部、第三部という形で収録されていますが、これは時系列で並んでいるわけではなくて、その時期はすべて重なっています。第一部で描かれていなかったことが第二部に、そして更に出てこなかったことが第三部にという風に同時期の別の事が描かれています。
第一部、第二部ではその生活の苦しさ、上手くいかない何人かの男性との恋愛を中心に描かれています。第三部ではちょっと焦点が違って、その貧しい生活の中で何とか詩や小説の文筆で身を立てたいと努力する姿が描かれていてちょっと趣が違ったのが面白かった。日々の暮らしで何度も気持ちが折れそうになりながら、やはり書くことを諦められない気持ちが痛いくらい切ないです。
東京でも住居を転々としていますが、今私が知る街のその当時の様子が出てくるのも興味深かった。特に馴染みのある本郷界隈が出てきたのはちょっと嬉しかったり。
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